11.短歌と宗教

短歌と宗教(上)

2007年11月02日
朝日新聞関西版

戦後を代表する歌人、塚本邦雄が亡くなって2年。聖書を愛読する一方、生前から戒名を準備し、今は京都の妙蓮寺に眠る。その姿は日本人の宗教の雑食性を体 現している、ともいえる。ともに塚本論を著した宗教思想史家の笠原: 芳光さん(80)と歌人の岡井隆さん(79)に、代表的な歌から宗教観を読み解いて も らった。(阿久沢悦子)

笠原: 芳光さん かさはら・よしみつ 宗教思想史家。1927年、大阪市生まれ。同志社大学大学院で神学を学ぶ。京都精華大学教授、学長、理事長 などを歴任。57年から兵庫県芦屋市で聖書を読む「森集会」を主宰している。
岡井隆さん おかい・たかし 歌人。1928年、名古屋市生まれ。51年、近藤芳美らと歌誌「未来」創刊。塚本邦雄、寺山修司らと前衛短歌運動を推進す る。83年「禁忌と好色」で迢空賞受賞。93年から歌会始選者。


■戦争体験「書かない」重さ

岡井:塚本邦雄さんはキリスト教、聖書との関連で取り上げられることが多い。一体、洗礼を受けられたのか、クリスチャンだったのか、という疑問があ る。叔父で牧師の外村吉之介の影響で、倉敷の教会に通っていた時期が、短いけどあった。

笠原:教会で叔父が話をするとなれば、特にキリスト教に関心がなくても、教会に行く。

岡井:でも、これだけ歌の中にイエスやユダが出てくるのを見ると、聖書から決定的な一撃を食らったことは間違いない。

笠原:塚本のイエス論の骨子のような一文がある。「キリストにかつても今も関(かかわ)りはない。もとより神、唯一超越神を信じたこともない。私が 会ったのは、ナザレ生まれの青年イエスであった」。この言葉に感銘を受けた。

岡井:僕も直接、キリスト者か、と、聞いたことがあるんだけど、「ノン。ただし、低い声で」と返事が来た。なぜ「低い声で」なのか。やはり、一度短 い時間でも信じて、離れた、そういうことではないかな。

笠原:僕は、初めからイエスに出会ったという感じを強く受けた。

岡井:「人間イエス」ね。自分が34歳になればイエスが死んだ年だとか、自分の身辺の裏切り者を探すとか、イエスと自分を同列に置いて、自己投影し ている。宗教的には冒涜(ぼうとく)かもしれないが、どこかで無理にイエスを人間化し、心の底で求めた。それが、塚本さんの普遍的な宗教性だろうな。

■「人間イエス」自己に投影

笠原:塚本さんは戦時中は広島に近いところにいましたよね。呉か。著書や歌集に何も書いておられない。そのことが逆に、戦争体験が重いものであった とうかがわせる。

岡井:1940年、20歳で当然、徴兵検査を受けた。郷里の五個荘町(現・滋賀県東近江市)でね。その後、呉の海軍工廠(しょう)に勤めた。彼の宗 教性は戦争体験と神国日本の国家神道的なものへの反発からもきている。

笠原:戦争反対なんていわなかった人が晩年に天皇批判をした。でも、あのへんから、いい歌がなくなる。

岡井:むしろ聖書関係の歌の方がはるかにいい。彼が対決する価値のある対象はイエスであって、神道とか天皇と対決する必要はないんだ。

笠原:「掌(てのひら)の…」はすごい歌です。私の「塚本邦雄論」の冒頭に挙げた。イエスは神によって人類の罪を背負って死んだ、と言うが、そうで はない。釘(くぎ)の孔(あな)という空虚なもので、自分自身を支えている。

岡井:われわれの実存は、そこにある。そういう人間観がなければ、この歌は出てこない。だからといって、塚本さんは無神論者だと割り切ると間違う。

笠原:「人間イエス」は、唯物論的な言い方という側面もあるが、塚本さんの「人間」とは「自己」のこと。宗教性がある人間を描いているんです。


岡井:宮沢賢治を下敷きにした、「銀河鉄道…」の歌はどのように解釈されますか?

笠原:ヨハネ伝にある。最後の晩餐(ばんさん)で「イエスのすぐ隣に、弟子の一人でイエスの愛していたものが席についていた」。それがヨハネだとい われています。ジョバンニはその「甘ったれのヨハネ」ですね。一方、カムパネルラはイエス。塚本さんはそう解釈したのでしょう。

岡井:溺(おぼ)れた人を救うカムパネルラの超越性はイエスですね。親切だが、どこか「俺(おれ)は違う」という意識がある。

笠原:銀河鉄道のレールさびつつというのは、聖書以後の歴史の長さをあらわしているのではないか。

岡井:そして、今は末世であると。レールの劣化は文明の劣化である。琵琶湖に近い古い町に生まれ、戦争と結核に苦しみ、多数派には一度もくみさず、 それでいて戦後最大の歌人になった。やっぱり、塚本さんが「人間イエス」なんだ(笑)。

【岡井隆選】

・賣るべきイエスわれにあらねば狐色の毛布にふかく没して眠る

・掌の釘の孔もてみづからをイエスは支ふ 風の雁来紅(かまつか)

・銀河鐵道軌道(レール)錆(さ)びつつジョバンニとは約翰(ヨハネ)傳(でん)甘つたれのヨハネ

【笠原: 芳光選】

・イエスは三十四にて果てにき乾葡萄噛みつつ苦くおもふその年歯(とし)

・雲林院(うりんいん)界隈駐車厳禁のひるや荒塩の香の西行

・初詣蔑(なみ)しつれども住むかぎりわれや素戔嗚神社の氏子

短歌と宗教(中)

2007年11月09日

果たして神はあるのか、ないのか……短歌はわずか三十一文字で、宗教の深淵(しんえん)に迫る。宗教思想史家の笠原: 芳光さん(80)と歌人の岡 井隆さん(79)は、塚本邦雄以外の歌人の歌の中にも「思想―私―世界」の広がりを見つけていった。(阿久沢悦子)

写真対談する笠原: 芳光さん(左)と岡井隆さん=京都市上京区の妙蓮寺で

■「神はいるか」結論無用

笠原:安立スハルは大正生まれの歌人です。考え方が面白い。「神はある」という結論から宗教は始まるわけです。ところが、「神はなし…」と仮定して 歌う。神はあるときはあり、ないときはない。微妙なところを歌い上げている。易しいようで深い作です。

岡井:結核などの体験があって、できたのだろう。

笠原:私は、神はあるかないかと問われれば、実体としての神はないが問題としての神はあると答えている。神は問題性であって、実体や客観性ではな い。結論を出したらおしまいの、永遠の課題。「人間とは何か」というのと一緒です。

岡井:宗教とはメタフィジカルな問題。ご飯を食べる時、思わず手を合わす感じ。何かいい目にあったときに、ありがとうと言う。誰に向かって言ってい るかわからない「ありがとう」を言うように、人間というのはできている。

■「さんげ」内面見つめて

岡井:還暦を過ぎてから、小さなことに死を感じるようになる。病人もそう。それで宗教的なものに近づいていくことはある。葛原妙子さんの「他界よ り」も「死」を意識した歌。夕暮れの水が見えている。それが「静かなる的」となる。

笠原:僕は台所で茶碗(ちゃわん)を洗う水だろうと思っていた。実際の生活上の水は静かではない、でも他界から眺めたら静かだ、と。「他界=あの 世」は、救済という考え方に基づく。

岡井:大きな観念の世界にとらわれていて、死ぬことによって、あの世の幸福を想定する。そう考えるから、神のために死ねる。自爆テロや特攻を否定す る人も、あの世に理想郷を空想していると思う。

笠原:年をとってからの宗教は青年時代と違いますね。

岡井:ご利益を求める。近藤芳美、正宗白鳥もそうですが、最期になって入信するのは、計算があるのではないかなあ。

笠原:斎藤茂吉の「オリーヴ」の歌は疑問か詠嘆か?

岡井:僕は、茂吉が戦争犯罪人として、自分の周りの連中に指弾されたことを詠(うた)ったのだと思う。ユダはあらゆる世界にいる。聖書に出てくる人 たちも、「オリーヴのあぶらの如き悲しみ」を持っていたのだろうか、と皮肉を込めている。

笠原:「オリーヴのあぶらの如き悲しみ」とは、人間の悲しみなんですよね。

岡井:「さんげ」という言葉で「後悔」を歌った歌が、茂吉には多い。「懺悔(ざんげ)」じゃなくて「さんげ」。自己主張の時代に人類が一番忘れてい る概念だ。

笠原:ひそかに自分の内面の悪い思いを見つめるのが「さんげ」ですね。


笠原:河野裕子の「マタイ伝閉づ」はよい歌です。マタイ伝に、イエスの青年時代のことは一つも書いていない。書いていないことも想像したらいい。そ れが聖書を読むということだ。

岡井:釈迢空の歌は、敗戦後のクリスマスの定着への呪詛(じゅそ)。風俗の段階で神聖なる日本を侵した、と。日本はお金になりそうなものは何でも取 り上げる。聖書の普及率が高く、クリスマス商戦は定着したが、復活祭はあまり取り上げない。

笠原:単純なキリスト教批判ではないですね。

岡井:「神敗れたり」。欧米の神に日本の神が負けたんだ。神道の最大の欠点は神学がないこと。釈迢空は神道の神学をつくらなければならないと考えて いた。たった一人で日本の神々を背負って立っているのが、すごいね。

笠原:でも、神学はすぐドグマになる。イエスの考えは生きた思想ですよ。

・神は無しと吾は言はねど若し有ると言へばもうそれでおしまひになる(安立スハル)

・他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水(葛原妙子)

・耶蘇誕生会(ヤソタンジョウエ)の宵に こぞり来る魔(モノ)の声。少くも猫はわが腓(コブラ)吸ふ(釈迢空)

・雪のなかに日の落つる見ゆほのぼのと懺悔(さんげ)の心かなしけれども(斎藤茂吉)

・オリーヴのあぶらの如き悲しみを彼の使徒もつねに持ちてゐたりや(同)

・ナザレ村に青年となりしイエスのこと様ざまに想ひてマタイ伝閉づ(河野裕子)

宗教思想史家 笠原: 芳光さん かさはら・よしみつ 宗教思想史家。74年に「塚本邦雄論」を著す。主な著書に「イエス 逆説の生涯」「言葉と出 会う 本」。近著に「思想とは何か」(吉本隆明との共著)がある。

歌人 岡井隆さん おかい・たかし 歌人。第1歌集は「斉唱」(1956年)。主な歌集に「朝狩」「禁忌と好色」「親和力」など。塚本邦雄、斎藤茂 吉、近藤芳美らの歌に関する評論も多い。近著は「家常茶飯」。


短歌と宗教(下)

2007年11月16日

歌人の岡井隆さん(79)は幼少期からのクリスチャン。笠原: 芳光さん(80)は大学に進んでから神学を学んだ。宗教との向き合い方が「対照的」 という2人は、岡井さんの短歌を材に、日本人とキリスト教の関係についても語り合った。(阿久沢悦子)

写真笠原: 芳光さん(左)と岡井隆さん=京都市上京区の妙蓮寺で

・ガラテア書のある一行に目を遣(や)りしまま茫々と週末を越ゆ

・詩歌などもはや救抜(きゅうばつ)につながらぬからき地上をひとり行くわれは

・それでもなほ安息日と呼ぶべきではないのか日曜の午後の寂けさ

■絶対者 容易にはすがらず

笠原:岡井さんの歌で「詩歌などもはや救抜につながらぬ」。詩歌に救いがないことを詩歌にしている。それなら宗教があるではないかという人がいるか もしれないが、宗教も救済につながらない、と詠(うた)ったのだと読んだ。もはや一切の救済がないのが、人生だ、と。

岡井:「救抜」は、「神様によって救い上げられるが、人間には救い上げることができない」という宗教的な思想だ。まったくの他力信仰。僕は形の上で はキリスト教徒だけども、教義より教会や賛美歌を大事な要素だと思っている。異端だが、自分では絶対者、超越者の存在は認めているつもりなんです。でも、 容易には、すがらない。やっぱり自分でがんばんなきゃ神様は助けてくれませんよ。

笠原:岡井さんは祖父の代からのクリスチャン。だから、キリスト教に対して郷愁のようなものがある。僕は学問として専門的にやったから、キリスト教 に対して批判が強く出る。逆説的な信仰になる。

岡井:すごい強いですよ、郷愁。だからヨーロッパに行くと、すごくふるさとに帰ってきた気がする。私の信仰は、情緒的なんです。


笠原:私は普通に神棚と仏壇がある家に育った。戦後は三つの大きな思想が渦巻いていて、敗戦のショックが吹っ飛んだ。マルクス主義と実存主義とキリ スト教です。友達に教会に誘われて行ったが、「異質の空間」に感銘を受けてね。洗礼を受け、神学校まで行った。戦争中は陸士海兵にあこがれる人が多く、戦 後は共産党がクラスの3分の1。けれど、私はどちらにも属さなかった。なのに、世界最大の宗教のメンバーになっちゃった。それで、ものすごく自己批判が起 こった。

岡井:赤岩栄のように、キリスト教とマルクス主義を並立させようとした人もいます。当時の共産主義を中心とする左翼集団に比べ、キリスト教の人は自 分で理論を考え、行動した。

笠原:人間には社会的な面と内面とがある。マルクス主義は社会的。キリスト教は内面的・実存的。一人の人間においては並立するんだ。そのころ流行 (はや)った言葉に、「昼のマルクス主義、夜の実存主義」というのがあった。昼は政治活動をし、マルクス主義者である。ところが夜、独りになるとそれだけ ではすまない。ニーチェ、ドストエフスキーや聖書も読む。両立が人間として大事なのです。

岡井:僕が覚えているのは「実存主義者とはだれだ、夜目覚めている人だ」という言葉です。世界が「夜」ととらえられている。

笠原:世界は夜止まっているように見えるが、人間の精神は動いている。キリスト教は実存主義に近い。人間の内面性、主体性にリアリティーを与える思 想ですよ。

■信と不信の間 揺れてこそ

笠原:僕は「ガラテア書」の歌が好きだな。聖書に目をやったまま茫々(ぼうぼう)と週末を過ごす日常が、歌として優れている。「それでもなほ安息日 と呼ぶべきではないのか」もいい。安息日に惹(ひ)かれているところが、岡井さんの郷愁としての宗教性だ。

岡井:クリスチャンじゃないけれど「マタイ受難曲」やラファエロの宗教画が好きという日本人は多いでしょう。

笠原:よく教養としてのキリスト教というが、教養とは教義の入門という意味ではない。信仰と不信仰の間を揺れることが大事なんですね。

岡井:日本人は、植民地として異国の宗教に帰属させられた経験がない。だから、教義や教団に属するのが今も嫌いなのでは? 宗教を自分で探求するの は好きだけど。

笠原:その探求の内容も日本流に、四季折々変わっていくというのがいいんじゃないかな。

笠原 芳光さん かさはら・よしみつ 宗教思想史家。1995年の阪神大震災は、神戸市内の自宅で被災した。22人の被災者が体験を内面化する過程 を、詩人の季村敏夫さんと「死者と生者のほとり」に編集した。

岡井 隆さん おかい・たかし 歌人。旧・国立豊橋病院などに勤めた内科医でもある。今年は「岡井隆全歌集」で藤村記念歴程賞を受賞。9月に岡野弘 彦氏から、皇族の歌の指南役である宮内庁御用掛の職を継いだ。