詩でよむ近代:塚本邦雄 日本人霊歌--戦後の虚偽と欺瞞

蒸タオルに顔おほはるるつかの間(ま)も墮(お)ちゆけり 黄昏(たそがれ)の日本

 歌人の塚本邦雄(1920~2005)がこう歌ったのは、90年代以降の日本ではない。58年刊行の第3歌集『日本人霊歌』に収められた一首であ
る。

 第二次世界大戦で敗れた45年から10年余り、高度経済成長を控えた日本が、なぜ「黄昏」と感受されたのか。答えの一端は、戦後7年近く続いた占領と、その後も尾を引いた基地問題に象徴される当時の状況に求められるだろう。

 朝鮮戦争(50~53年)を背景に、日本の各地で米軍基地の新設・拡張が計画され、反対住民らによる闘争も相次いだ。いってみれば、今の沖縄と似た問題が日本中で起こっていた。戦後の民主化は占領者である米国により与えられ、認められた限りの範囲に留(とど)まり、「平和」の掛け声も東西冷戦下ではむなしく響いた。

かたみに遠き墓地と基地とが真夜のわが部屋貫きて通じあひゐる

赤き菊の荷夜明けの市(いち)にほどかるる今、死に瀕(ひん)しゐむハンガリア

 後の歌は、56年のハンガリー事件が題材である。社会主義国だったハンガリーで自由を求め立ち上がった民衆を、ソ連が2度の軍事介入により圧殺し、多数の犠牲者が出た。ソ連を「平和勢力」と見ていた人々にも動揺と不信が広がった。

 こう書いてくると、社会派の歌人のように誤解されかねないが、塚本は短歌史上、「前衛短歌」の創始者という不動の位置を占める存在だ。本人の言を借りれば、短歌を作者の日常と完全に切り離し「徹頭徹尾創作による」「想像の産物」として作り上げたのが、彼の切り開いた広野だった。ただ、あえて時代とのかかわりに注目する時、なぜ塚本があれほど奔放に、華麗な比喩(ひゆ)や自在な音数律を駆使し得たのかが浮かび上がるように思う。

 上の句と下の句の対応を基本とする短歌の古典的形式に比するなら、塚本にとってはいわば戦後の状況自体が上の句を成していた。その状況とは、『日本人霊歌』においては虚偽と欺瞞(ぎまん)に満ちた「独立」日本、「平和」日本の姿にほかならない。つまり、塚本短歌の三十数文字全体は、こうした「不条理にみちた外部」(同歌集跋文(ばつぶん))に対応する比喩として詠まれたとはいえまいか。

 巻頭の名高い一首<日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも>の「日本」にも、当時この国が抱えた状況への愛憎の念が込められている。そして、その思いは遠い過去のものともいい切れないのだ。【大井浩一】

毎日新聞 2010年6月9日 東京朝刊