塚本邦雄:「戦後文学」としての塚本邦雄

塚本邦雄:「戦後文学」としての塚本邦雄 7回忌シンポジウムで岡井隆さん講演
 ◇時代背景の重要性を指摘

 第二次世界大戦後の前衛短歌運動をリードした歌人、塚本邦雄(1920~2005)は、今も歌壇にとって焦点の人物の一人だ。没後に岩田正さんや楠見朋彦さんらが力作の塚本論を刊行し、今年も「塚本邦雄を継承できるか?」の副題を持つ小林幹也さんの『短歌定型との戦い』(短歌研究社)が出た。雑誌『短歌』(角川学芸出版)も、60~70代の主力歌人を中心に「前衛短歌とは何だったのか」をテーマとする共同研究を長期連載している。

 12日、7回忌を記念して東京都内で開かれた「神変忌シンポジウム」(玲瓏(れいろう)の会主催)は、そうした塚本の存在を実感させる場だった。20代の歌人らによるパネルディスカッションも興味深かったが、鮮烈に残ったのは、塚本とともに前衛短歌を担った岡井隆さん(83)の講演である。その要点をひと言でいえば、塚本作品が生み出された時代を考える重要性だ。

 岡井さんは塚本との交友を回想しつつ、前衛運動が起こった1950年代には「政治的解放から性的解放まで、さまざまな動きがあった」と話した。それゆえ塚本作品の思想性にも戦争の問題以外に、エロチシズムなど多様な要素があることに注意を促し、「秀抜な戦後文学」としての第1歌集『水葬物語』の意義を強調した。また、メーデーを歌った<五月祭の汗の青年 病むわれは火のごとき孤独をもちてへだたる>について、「60年安保闘争までの戦後15年間、日本は荒れに荒れた」と背後の社会状況を語った。

 塚本作品に特徴的な初句の7音化については、<暗渠(あんきょ)の渦に花揉(も)まれをり識(し)らざればつねに冷えびえと鮮(あたら)しモスクワ>を例に、真ん中の5音を7・7で挟む「空間的にシンメトリー(対称)の詩型を提出した」と、技法の革新性を指摘。そのうえで当時の共産圏が負った政治的「抵抗」の意味に言及し、「戦後の日本をどういう方向へ持っていくべきか、という問題意識の中での表現だった。同時代人として見ていると、強烈な力で迫ってきた」と述べた。

 かつて評論家の吉本隆明さんは、俳句や詩、小説まで含めた「戦後派」文学の表現に関し、その特徴である「深刻な主観性」は敗戦直後の状況に対応するものだったため、今では分かりにくくなっていると指摘した。この点、鮮やかなレトリックが注目され、一見「深刻な主観性」とは無縁な塚本作品にとっても背景の理解が肝要であることを、岡井さんは示そうとしたように思われる。

 さまざまな世代の歌人によるこの日の討議を受けて、加藤治郎さんは「自分の固定観念を更新していかなくてはならないと感じた。(塚本は)祭り上げて遠くからしのぶ存在ではなく、現在進行形の存在として生き続けている」と発言した。これが「塚本の現在」を的確に言い当てていると思う。【大井浩一】

毎日新聞 2011年6月29日 東京朝刊