寺山修司:歌集「田園に死す」 題名決定を塚本邦雄に依頼

毎日新聞 2012年11月01日 02時30分

 歌人で劇作家の寺山修司(1935〜83年)が歌集「田園に死す」(65年)の題名を、先輩歌人の塚本邦雄(1920〜2005年)に決めてくれるよう依頼した手紙が見つかった。自らの監督・脚本で映画化した「田園に死す」は寺山芸術の頂点を成す代表作。「天井桟敷」のアングラ劇などでカリスマ的人気があった寺山の新たな秘話を示す手紙に、関係者は「第一級の資料だ」と驚いている。

 手紙は7月、塚本の遺族から日本現代詩歌文学館(岩手県北上市)に寄贈された寺山の塚本宛て書簡27通(封書9、はがき18)の中に含まれていた。寺山の名が入った専用の原稿用紙3枚に鉛筆で書いたもの。緑色の大判封筒に、昭和39(1964)年11月12日の消印が残っていた。

 1枚目に「田園に死す」のほか、「恐山」「修羅、わが愛」「故郷喪失」など計八つのタイトル案が、特徴的な寺山の字体で丁寧に記されていた。右の欄外に「がんばっています。題名をきめて下さいませんか?」と書かれ、大きな字で「題名参考(この中から決めて下さい)速達おまちしています」と走り書きがあった。

 寺山宛ての書簡を収めた塚本の「麒麟(きりん)騎手 寺山修司論」(74年)によると、塚本は64年10月12日付の手紙で「歌集の題名決定しましたか?」と、寺山に歌集刊行を強く勧めていた。

 今回の手紙に対する塚本の返信は知られていないが、当時の2人は前衛短歌運動の盟友として親密な関係にあり、塚本が「田園に死す」の題を薦めた可能性もある。寺山は手紙の3枚目に「自伝的要素をつよくするという狙いです」などと創作の意図も書いていた。

 評論家の三浦雅士さんは「『田園に死す』は『天井桟敷』とともに寺山の代名詞。多彩なジャンルで才能を発揮した彼の方法論やイメージ形成において、決定的に重要なネーミングだ。その成立過程を示す貴重な資料といえる」と話している。

【大井浩一】
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