SUNDAY LIBRARY: 『異国美味帖』塚本邦雄・著

SUNDAY LIBRARY:平松 洋子・評『異国美味帖』塚本邦雄・著
2013年08月20日
◇前衛歌人の言葉で味わう贅沢

◆『異国美味帖』塚本邦雄・著(幻戯書房/税込み2520円)

 きっとあの本の続編だな。

 直感してうれしくなり、まじまじとカバーを眺める。題字の五文字は金色の箔押し、装画はシャルダン「桃の籠とぶどう」。こっくりと艶っぽく熟れた桃と絶妙の間合いを取った位置に、「?本邦雄」。すべてが完璧な調和をみせて憎らしいほど美的。まいりました。

 「あの本」とは『ほろにが菜時記』(ウェッジ選書)のこと。1985年から2000年まで『味覚春秋』に掲載された「ほろにが菜時記」から編んだ随筆集なのだが、わたしは、?本邦雄の食随筆の絢爛豪華に、まんまとはまってしまった。

 「序」の文章から、すでに塚本邦雄の独壇場。厳密な物言いに、大向こうから掛け声を飛ばしたくなる。

 「私の言葉に関する潔癖は食品等の呼称にまさに『こだわり』つづけて来た」「食物の呼称がまちがっていると、もう賞味する気がなくなるのは、私の奇妙な潔癖のなせるわざだが、これは一方『歌人=言語芸術家』の宿命と考えてほしい」

 定型にたいして戦いを挑んだ前衛短歌の先鋒、?本邦雄が、言葉によって築きあげる味覚美の王国。いよいよ続編が満を持しての登場となったしだい。

 蘊蓄とは一線を画す。フランス朝市の泥つきルバーブ。桜桃、葡萄、木苺。ウィーンのねっとりと甘露のようなヨーグルト。ヒース蜂蜜、サフラン、棗、アロエ、珈琲、パッションフルーツ……気に入りの食べ物の語源や歴史、文化にはじまって、その味わいの背景に自身の好みを自在に重ねる。

 ときどき偏愛の感情に出逢うのがとても楽しい。

 「私はクレッソンの爽快な舌ざわりと歯切れと、ほろ苦く、適度に辛く、しゅんと目頭に沁む香気を愛する」(「クレッソン」)

 かたや嫌いなものは一刀両断、容赦がない。

 「西瓜が嫌いである。大嫌いで、隣々々席から漂って来る匂い(臭い)にも、食欲を喪失する」(「西瓜」)

 そして、この一首を引いて西瓜の興趣を醸す。

 西瓜ぱくりと割るる爆笑この国の

 男それぞれの真紅の孤独 (佐佐木幸綱)

 または、微笑ましい記憶の断片も披露する。「五月のキャベツが一番うまい」、そしてキャベツといえば五月と寺山修司が浮かぶという。

 「寺山修司の歌集に『われに五月を』あり、そのデビュー当時、シューはキャベツのことだと言ったら、やがて、手紙の末尾にChouとサインして来るようになった」(「キャベツ」)

 前衛短歌の盟友としての親愛の情が、身近な野菜から垣間見えるところがまた憎い。

 「言語芸術家」を刺激してやまなかったのは、野山の自然に育まれた素朴な味わいばかりだ。無類の植物好き、甘いもの好き。終生、家庭菜園を愛し種を蒔き、土を耕した。手ずから仕込んだ梅酒がいまも遺されて、熟成をふかめているという。

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ひらまつ・ようこ エッセイスト。食文化と暮らしをテーマに執筆。『野蛮な読書』(集英社)で2012年講談社エッセイ賞。近著に『小鳥来る日』(毎日新聞社)、『ステーキを下町で』(文藝春秋)など

<サンデー毎日 2013年9月1日号より>

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