わが父塚本邦雄 塚本靑史著 子息がたどる前衛歌人の生涯

2015/2/1付
日本経済新聞 朝刊

子供のころ塚本邦雄は運動が苦手で、外で遊ばず、家にこもって漢和辞典を開いて難しい漢字を片っ端から覚えたという。この早熟な少年が、のち短歌の尖端(せんたん)を担う歌人となる。

本書は、塚本邦雄の生誕から死去までの八十五年の生涯を、時系列に沿って精確(せいかく)に記した評伝である。といっても決して堅苦しいものではなく、数々のエピソードを織り込んだ、読みやすく楽しく、時に悲しい物語の集積のような一冊である。

筆者の塚本靑史は、『霍去病(かくきょへい)』など古代中国を舞台とした小説を書き続けている気鋭の作家であり、そして塚本邦雄の子息である。靑史氏の文章は簡潔でテンポがよく、飄逸(ひょういつ)な味わいあって、読者を飽きさせない。

二十代前半、塚本邦雄は国民徴用令によって呉市の海軍工廠(こうしょう)に徴用され、原爆を遠望して敗戦を迎える。その時の体験がのちの戦争嫌悪の歌にしばしば影を落としている。その後、杉原一司の歌に出会って文学的に目覚め、また歌を仲立ちとして竹島慶子に出会い、結婚する成り行きが綿密に描かれている。

やがて塚本邦雄は自分の歌風を徐々に確立し、中井英夫・高柳重信・三島由紀夫などとの接触が生まれ、昭和三十四年、歌集『日本人霊歌』で現代歌人協会賞を受ける。このころ以降、塚本邦雄は前衛短歌の推進者として華々しく活躍する。

塚本の最も親しかった友人は寺山修司だった。スポーツ音痴の塚本に向かって寺山は、次のように解説する。

「投手と捕手という恋人同士がいてさあ。彼らはボールを投げることによって初めて意思を伝え合えるんだ。それを、バッターっていう横恋慕男が邪魔をしてボールを打つんだ。でも二人には、内野と外野と呼ばれる七人の味方がいて、ボールを取って返してくれる。野球ってそんなゲームなんだよ」

人を食った面白い解説だが、この解説を生き生きと再現したのは、ほかならぬ作家・塚本靑史氏の力量である。

昭和六十二年、詩歌文学館賞を受けるまで塚本邦雄は二十八年間「無冠の帝王」だった。その間、またその後の輝かしい業績を、なまの「人間・塚本邦雄」の像を織り交ぜ、またマネージャー政田岑生の存在を取り上げ、最後は老いて認知症になった塚本邦雄の姿をえがく。見事な読み物ふう評伝である。塚本靑史の作家としての出発や歩みも挿入され、興味深い。しばしば登場する関西弁が、この一冊に独特の味を添えている。

(歌人 高野 公彦)

[日本経済新聞朝刊2015年2月1日付]

わが父塚本邦雄

著者:塚本 青史
出版:白水社
価格:2,808円(税込み)